第3回 踊ろフェス|誰かと一緒だから、できること

令和8年8月29日に、第3回踊ろフェスが行われました。

 

地域の皆さんと一緒に少し混ざらせてさせていただき、今年は3つの新しいことをさせていただきました。


①当日自分で着れるように中高生の浴衣の着付け体験

② 司会を高校生へ

③鷲小音頭お披露目


です


①についてはまた今度

 

 

今日は②③について書きたいと思います


いつも司会をさせていただいてましたが、去年から少し違和感がありました。

私は、誰が何をどんな思いでされているのか話を聞くのが好きなので、それを聞いて自分が話して伝えることは大好きですが、私だけが目立って陣取ってやることでもないなぁと思い始めました。


で、誰がやってくれる人いないかな?とふんわりずっと考えていました。

それで 「KOSAI CITY Magazine」を作られた子たちに話してみたところ、恐ろしいほど前のめり。それでお願いすることにしました。

チャレンジ精神が素晴らし過ぎると、感動してる37歳です

「KOSAI CITY Magazine」とは

 

出店者さんの紹介ではイベントがスタートする前に一つ一つ回ってお顔を見て、場所を把握する。

そんなことをしていたので紹介ではおすすめ商品に加えてどこにブースがあるかもお知らせしてくれました

「お店はあちらでーす!」と明るく可愛らしさが10代ピチピチ最高です!


そしてお願いするかどうか悩んだのが「鷲津節の紹介です」長いし、どうかなぁーと思ったのですが、、してもらい本当によかったと思いました。


以下、彼女たちの司会ご覧ください

https://youtube.com/shorts/73MSlimen7U?si=ZmV7dlTmAnzUy7-j

私がよかったと思ったのは、

これを読んでくれることで、彼女たち自身が鷲津節に愛着を少しでも持ってくれただろう。ということです。


私は何年か前まで鷲津節そこまで知らなかったし重きを置いていませんでしたが、お世話になってる方が大事にされ、だったら自分も大事にしたいと自然に思って、そしてそう教えてもらったように私もしていきたいと持っていたので0.01%できてたら嬉しいなーと


②は本当これもまた長い時間がかかりました⏳

今回、踊ろフェスでは初めて「鷲小音頭」を踊りました。


「鷲小音頭」が生まれたのは、昭和57年。今から44年前です。

当時の鷲津小学校の校長先生が作詞し、なんと、児童会役員の子どもたちが作曲されたということです


当時の鷲津小学校では、学校行事を大切な教育活動として、全校児童で踊る「鷲小音頭」も行われていました。

ところが時代の流れとともに、毎年踊ることが難しくなっていると耳にしました。


そんなとき、「踊ろフェスで、やりたいね!」そんなひと言を言われた方がいます。

それが、有名なMr.531氏です!


そこから鷲津小学校の先生方にもご協力いただき、音源や資料をお借りして、

振り付けの掘り起こしが始まりました。


「みんなが踊れるように」と、資料や映像を何回も見て、

小学生の頃に実際に踊っていたというMr531氏に確認していただきながら、

今回、湖西市内でダンス講師をされているあみさんが

細かいところまで丁寧に再現し今日を迎えることが出来ました。


そしてYouTubeや練習会を見ながら、昔の記憶をたどって一緒に踊ってくださった皆さんの本当におかげと思います。

あみさんInstagram

 

「鷲小音頭」は、湖西のまちづくり、人づくりの礎となることを願って生まれた音頭ということです。


44年前から受け継がれてきた「鷲小音頭」。


この日お披露目させていただき感謝しました。


実行委員ではありますが、1人ではできないことをいろんな人が集まってできないことをさせてもらえる事が有難いと、誰かと何かをやることは大変で、二度とするか、と過去思ったこともあるけど、良い感じの具合で、誰かと何かをできた時出来なかったことができる事があると改めて感じた日でした

来てくださった方、関わってくださった方々が良い一日となっていたら嬉しいです

 


 

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