『そらをとべなかった お蚕さま』 ―でも、たいせつなものを つくれた―
このお話は、湖西市に住む、かよさんという女性が作ってくれたお話です。
私は着物ができるまでのものがたりを知ることでそこに想いが込められていること、
着物を通じ自分のルーツというご先祖さまのものがたりに触れられることが
着物が好きな理由でした。
かよさんは、着物の素材であるお蚕さんをご自身で育てられて感じたことを、ものがたりにされています。
今の自分がどのようにしていさせていただいているか、素敵なお話だと思いましたので皆さまにも読んでいただきたく以下に記載させていただきます。
ななほう 刑部優美帆
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『そらをとべなかった お蚕さま』
―でも、たいせつなものを つくれた―
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第1話:「森のむらと お蚕さま」
むかしむかし、山にかこまれた ちいさな村。
その村では、春になると「お蚕さま」が ひとつひとつ、大切に育てられていました。
きれいな桑の葉。
お蚕さまたちは 静かに、しずかに、生きていました。
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第2話:「そらを見ていた」
ある日、お蚕さまのひとりが 空を見上げました。
「わたしも、とべたらいいのにな…」
高く高く とぶ つばめを見ながら、
ふわりふわり、心だけが空を旅していました。
お蚕さまには羽がありません。
そのかわり――口から、細く白い糸が出ていました。
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第3話:「まゆの中のゆめ」
白い糸は、やがて まるい“まゆ”になりました。
お蚕さまは、その中で、ふしぎな夢を見ます。
草の上をすべる風。
だれかが「ありがとう」と言う声。
やさしくて、ぬくもりのある ゆめでした。
まゆの中は、暗くて、しずかで、
とっても あたたかかったのです。
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第4話:「なみだの湯気」🕊️
まゆの中で 眠っていた お蚕さまは、
ある朝、あたたかい空気を感じました。
それは、ふつふつと音をたてる お湯の中。
お蚕さまの姿は、やがて、湯気となって――
天へ、たましいが のぼっていきました。
それを見た村のおばあさんは、そっと手を合わせました。
「ありがとうね。あんたの糸は、誰かのたいせつなものになる。
ずっと、心の中で 生きていくんだよ。」
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第5話:「きぬの うた」
お蚕さまののこした白い糸は、
村の手でつむがれ、
やがて、やわらかい絹(きぬ)になりました。
それは――
お宮まいりのきもの、
だれかの旅立ちのはれぎ、
そして 赤ちゃんをつつむ おくるみに。
お蚕さまは、すがたを変えて、
人のたいせつな瞬間に よりそっていたのです。
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第6話:「そらは とべなかったけれど」ミズ江
お蚕さまのたましいは、そらのむこうで ほほえんでいました。
「わたしは、空をとべなかった。
でもね、それでも、たいせつなものを つくれたよ」
それは、糸。
それは、つながり。
それは、誰かのぬくもり。
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第7話:「お蚕さまの神社」
村には、いまも 小さな祠(ほこら)があります。
人々はそこへ、絹のはぎれや 糸をたむけて
「ありがとう」と手をあわせます。
そこに流れる風は、すこし あたたかくて、
お蚕さまの気配が、ふんわりと残っているようです。
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第8話:「つづいていく 命のいと」
いまも どこかで、お蚕さまの糸が
誰かの人生を、そっと つないでいます。
それは、おしゃれの中にも、
家族のだんらんの中にも、
そして――
あなたが、大切な人に ふれるその手の中にも。